仙台地方裁判所 昭和28年(ワ)584号 判決
原告 佐藤勝治
被告 明和興産株式会社
一、主 文
被告の原告に対する仙台法務局所属公証人菅原英伍作成第五万九千四百六十二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行は金十五万円、及び、これに対する昭和二十八年九月八日から金百円につき一日金二十銭の割合による金員を超える部分についてはこれを許さない。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、他の一を被告の各負担とする。
本件について当裁判所が昭和二十八年十一月十九日した強制執行停止決定を、次のように変更する。
原告において、保証として金五万円を供託するときは、第一項掲記の強制執行を控訴審の判決が為されるまで停止する。
前項に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告の原告に対する、仙台法務局所属公証人菅原英伍作成第五万九千四百六十二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申立て、その請求原因として、
被告は原告に対し、昭和二十八年十月二十日仙台法務局所属公証人菅原英伍作成第五万九千四百六十二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き元金三十万円、及びこれに対する昭和二十八年九月八日完済に至るまで金百円につき一日金三十銭の割合による損害金につき、原告所有の不動産に対し差押えをした。しかしながら、右公正証書は、訴外水野寛が原告を連帯保証人とし、同年八月十八日被告から金三十万円を弁済期同年九月七日、遅延損害金日歩金四十銭と定めて借り受けたことを内容とするところ、原告は末だ嘗て敍上のような連帯保証契約した事実は全然存しない。従つて右契約は法律上当然無効であつて、本件公正証書は原告に対し固より執行力を有しない。よつてここに、右公正証書の執行力ある正本に基く強制執行不許の判決を求めるため、本訴に及ぶと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
被告が原告主張の公正証書の正本に基き、その主張の強制執行をしたこと、右公正証書はその主張の連帯保証契約を内容とすることは認めるけれども、その余の事実は否認する。右契約は固より真実有効に成立した。仮りに元金三十万円の内金十五万円につき、原告において本件連帯保証契約を締結しなかつたものとしても、原告は主たる債務者たる訴外水野寛に対し、本件連帯保証契約及び公正証書作成嘱託方を委任し、その際、同訴外人に金額等の記入されていない連帯保証契約証、公正証書作成嘱託委任状に署名捺印の上、金額等は同訴外人をして適宜記入させる趣旨で、これを同訴外人に交付し、同訴外人において、右書類に右金額を三十万円と記載して被告にこれを手交したから、被告において善意無過失で、同訴外人に原告を代理する権限あるものと信じ、本件連帯保証契約を締結し、公正証書の作成を嘱託した。よつて、原告は右契約上の責任及び強制執行を免れることができない。と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が昭和二十八年十月二十日、仙台法務局所属公証人菅原英伍作成第五万九千四百六十二号、金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き、原告所有の不動産を差押えたこと、右公正証書は原告主張の連帯保証契約を内容とすることは当事者間に争がない。
よつて本件公正証書の執行力の有無につき考察するに、成立に争がない甲第一号証、証人水野寛の供述、原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は訴外水野寛が昭和二十八年八月十八日金十五万円を弁済期同年九月七日、遅延損害金日歩金四十銭と定めて借り受けるに当り、同訴外人のため連帯保証をしたことを認めるに足る。被告は右連帯保証の目的たる元金額は金三十万円である旨主張し、乙第一号証中原告名下の印影の成立は当事者間に争がなく、又甲第二号証中原告名下の印影が真正に成立したことは証人水野寛の供述によりこれを窺知するに難くないから、これらの書証を綜合すれば、反証がない限り被告主張の事実を認めなければならないことは勿論であるけれども、証人水野寛の供述、原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は本件取引の主たる債務者たる訴外水野寛から執拗に本件連帯保証契約の締結方を懇請され、竟に余儀なく、元金十五万円の限度においてこれを承諾し、この契約の締結につき同訴外人に代理権を附与すると共に、未だ金額等の記載がない乙第一号証(金員借用連帯保証契約証)、甲第二号証(同委任状)に原告名義の印章を押捺、これらの書類を手交したところ、同訴外人は原告の依頼の趣旨に反し擅にこれらの書類に「金三十万円」と記入し、よつて以て恰かも原告が同訴外人の金三十万円の借入につき連帯保証をしたように偽作して、これらの書類を被告に差入れたことを推認するにたり、被告の全立証を以てしても右認定を覆すことができないから、これらの書証は採つて以て被告主張の事実を肯定するに足りない。そして一般に公正証書が債務名義となるためには、公正証書に一定の場合に債務者が直ちに強制執行を受けても異議がない旨の記載あるを要するところ、このいわゆる強制執行受諾文言は、強制執行による権利保護の絶対要件であると共に訴訟上の法律行為たる性質を帯有し、公正証書中その他の部分と峻別しなければならないところのものであることは勿論であるから、この種の行為には、その性質上、私法上の原則として認められている表見代理に関する規定の如きはこれを適用する余地が全然存在しないものと解するを相当とする。(同旨、大審民集一五巻二〇三五頁)従つて、本件公正証書に表示された契約の私法上の効果としては、あるいは原告において、右法条の適用を受け、本件元金三十万円の連帯保証契約上の責を竟に免れることができないかも知れないけれども、しかしこれがために直ちに右公正証書自体が全面的に債務名義たる効力を有するものと観ることを許さない。然らば、被告の抗弁は被告において、原告が同訴外人を代理人として元金三十万円を目的とする連帯保証契約を締結するものと信ずるにつき正当の理由があつたかどうかにつき兎角の判断をするまでもなく、既にその前提において失当として排斥を免れない。さすれば、本件公正証書は元金については金十五万円の限度において債務名義たる効力はあるが、これを超過する部分については竟に債務名義たる効力を伴わないものといわざるを得ない。次に、本件損害金支払契約の効力につき一言するに、成立に争がない乙第二号証によれば、被告は貸金業を営む株式会社であることを認めるに足るから、本件消費貸借は商事に関するものというべく、従つて右契約に対しては利息制限法第五条の適用がないことは勿論である。がしかし、又固より民法第九十条の適用を除外しなければならない理由は全然存しない。ところで、本件消費貸借契約の遅延損害金は、前認定のように元金百円につき一日金四十銭であるが、一般に金銭消費貸借契約の損害賠償額の予定は、未だ臨時金利調整法第二条に基く金利の最高限度の決定が告示されていない現在においては、具体的実情に則してその効力の有無を判定しなければならないことは勿論で、既に物価の上昇も頂上を過ぎ、漸次低落の気配にあり、政府も低金利政策を採用し、民間の金融機関亦これに同調してデフレ気分が浸透を始めつつあるわが国現在の経済状勢の下、殊に経済的諸活動が比較的低調に萎微している東北地方においては、本件取引のような短期貸金取引において遅延利息額を日歩金四十銭と約するが如きは抑々問題で、結局右契約の内、日歩金二十銭を超える部分は公序良俗に反し無効で、金二十銭の限度においてのみ有効と観ずるを相当とする。
果して然らば、本件公正証書に基く強制執行は元金十五万円、及びこれに対する昭和二十八年九月八日から完済に至るまで金百円につき一日金二十銭の割合による遅延損害金の満足を目的とする限度において正当として許容することが出来るが、その余の部分については失当として排斥しなければならない。
よつて原告の本訴請求は以上の限度において理由があり、その他の部分は理由がないものと認め、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条強制執行停止決定及び、仮執行の宣言につき同法第五百四十八条第一項、第二項を各適用し、主文のように判決する。論者あるいは云うであろう。本件について先にした強制執行停止決定を変更しないで、改めて執行停止決定をしなければならないと。そもそも、請求に関する異議訴訟についての執行停止決定は本案判決が為されるまでその効力を保有するに過ぎず、この判決後においては何等の効力をも保留しないこと法律上極めて明瞭であるから、本案判決で既にその効力の消滅した決定の取消、変更又は認可というような表現は、凡そ誤解を招き、少くとも無意味であり、更に停止決定の必要ある場合には須らく改めてこの裁判に出るを正当と解すべきであろう。この点において前示見解に賛せざるを得ない。そこで本件では「変更」を前決定が全部消滅したから改めて、同種の決定をするという意味に用いた次第である。
(裁判官 中川毅)